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群馬県生活協同組合連合会
〒371-0026
群馬県前橋市大手町 3-19-3
TEL 027-234-2376
FAX 027-234-8244

設  立: 1958年10月30日
会  長: 中村 隆夫
会 員 数: 14組合
     (他に準会員1)
組合員数: 約74万2千人
     (2019年度末現在)
総事業高: 約812億円
     (2019年度)

 
群馬県生協連・群馬県消団連・前橋市消団連主催
福島“復興?”視察バスツアーを実施しました
 群馬県生協連災害対策協議会は、群馬県消費者団体連絡会・前橋市消費者団体連絡会(ともに八田直樹会長)と共催で、12月5日(木)に『住民のための復興は進んでいるのか!福島“復興?”視察バスツアー』を実施しました。ツアーには、当日ガイドを務めていただいた丹治杉江さんを含め、14名が参加しました。
丹治さんと線量モニター
 福島への行き帰りのバスの中では、ツアーのコーディネーターで東電損害賠償訴訟群馬原告の丹治杉江さんから、被災地の様子などについて資料をもとに詳しい説明がありました。
 丹治さんは、原発事故から9度目の秋を迎えるが、通常の年間被ばく量規制が通常1ミリシーベルトであるのに対して、福島の住民は20ミリシーベルトまで受忍せよとして帰還させようとしている、事故の収束も見えないまま原発再稼働を進めていることは法治国家ではありえないはず、と指摘し、避難指示が解除された地区の住民が増えているかのような数字があるが、原発作業員が増えているためで、元から住んでいた住民の帰還はまったく進んでいない、と被災地の現状を説明しました。
 常磐自動車道湯ノ岳パーキングエリアでは、常磐道9か所のモニタリングポストの放射線情報を表示するモニター施設を丹治さんの案内で見学しました。
車内で説明する工藤さん
 いわき市四ツ倉からは現地ガイドとして浜通り医療生協職員の工藤史雄さんがバスに乗り込み、広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町の東京電力福島第1、第2原発に近い区域を案内しました。
 工藤さんはまず、「福島第一原発から30キロメートル内に入ると、耕作されていない田が目立つようになってきます」と車窓からの風景を説明しました。広野町のJヴィレッジでは、復興のシンボルとして東京五輪の聖火スタート地点に選定され整備が進められ、巨費を投じて常磐線臨時新駅の建設も行われているが、一方で当時の中学生の自転車がそのまま残されているなど、原発事故による避難を余儀なくされた痕跡が見て取れました。
 富岡町では、東京方面からの常磐線終着駅になっている富岡駅を訪れ、津波被害とその後の避難長期化により、住民がいなくなった地区に避難道路の建設が進められていること、駅舎にある売店には、地域に女性がいないため女性向けの商品の取り扱いがないことなどが紹介されました。また町役場では、「住民の生活支援に復興資金を使えないため、施設などの箱物を造るしかない」と行政や文化施設が建設されても住民の帰還につながらないこと、帰還困難区域に隣接する地区では、避難解除区域も住んでいるのは他県からの作業員ばかり、町内の中学校も震災当時のままになっていることなどを説明しました。
 大熊町の帰還困難区域を通過する国道6号線では、車内の線量が視察日最高の2.71マイクロシーベルトを記録しました。浪江町では、車窓から商業やサービス業などの生業が成り立っていない様子を説明しました。
東京電力廃炉資料館
 一行は視察の途中で昨年11月から開館している東京電力廃炉資料館を訪れました。事前に車中で丹治さんから「資料館では、避難を余儀なくされた住民のことは一切ふれていません」、工藤さんから「展示によると東京電力が原発事故を反省しているような表現がありますが、損害賠償裁判で東京電力は、事故の反省を認めていません」と解説があり、各自見学を行いました。
 昼食に訪れた大熊食堂は、原発作業員が多く利用する大熊町唯一の食堂で、大半が未だ帰還困難区域である大熊町のうち、避難解除となったわずかの区域に建てられた町庁舎の近くに立地しています。大熊町の中心部分から離れた区域に町の機能が集中しています。
 視察ツアーのしめくくりに、群馬県消費者団体連絡会副会長宮田よし子さんより、「お二人のご案内で今日見た現状をまわりの人にも伝えていきたい」と参加者にあいさつがありました。
 参加者アンケートからは、「震災後初めて現状を見て8年たっても復興が進んでいない事に大変おどろきました」「テレビで見ているだけでは分からない部分を見せていただきました。やはりそのまま残っている姿はただならぬ事が起きた事実を伝えていて胸にせまりました」などの声が寄せられました。
取り残された自転車(広野町・Jヴィレッジ)
建設中のJR Jヴィレッジ臨時駅(広野町)
JR富岡駅と建設中の避難道路(富岡町)
道路左が避難解除、右が帰還困難区域(富岡町)
震災当日そのままの中学校体育館(富岡町)
原発作業員が利用する大熊食堂(大熊町)
かつての水田も荒れ放題(大熊町帰還困難区域)
Jヴィレッジスタジアム前で記念写真
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